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世界戦略レポート『残された巨大市場・イスラムマーケットへのゲートウェイ戦略』

イスラム 2

(写真=Biglife21)
(写真=Biglife21)

サマリ
◉イスラム市場は、北米・ヨーロッパ・中国・インドにならぶ巨大市場である。
◉イスラム世界はイスラム教を中心とする世界観と価値体系を持つエリアのことを指している。
◉イスラム世界は、長い歴史と多様性を持ち一括りで捉えることは適切でなく、オスマン世界・ペルシア世界・中近東世界と大まかに分けて理解することができる。
◉このうち、日本企業はオスマン世界を入口として、イスラム市場への足掛かりを作るべきである。
◉イスラム世界とビジネスをするには、イスラム独特の歴史や文化、習慣を理解するだけでなく、イスラム独自の商法も理解する必要がある。
◉イスラム世界に限らず、日本企業には多様な世界の価値観を理解し、自らの利益をグローバルな舞台で追求する能力が今問われている。

市場としてのイスラム世界

イスラム世界とは、イスラム教を信仰する人々であるムスリムが人口の多数を占め、またムスリムが社会の指導的な立場で構成されるエリアのことを指す。

市場としてイスラム世界を見た場合、人口規模でイスラム世界は、欧州や米国より多く、中国・インドに匹敵する市場である。このうちの中国市場は市場開拓が進みつつあり、またインド市場も市場開拓がはじまりつつある状況であるが、イスラム市場は市場としては手付かずに近い状態と言える。イスラム市場が残された巨大市場と謂われる所以である。

とはいえ、以下に見るように、イスラムの世界は多様性に富んでおり、イスラム世界を一括りで理解することはできず、また同様にイスラム市場を単一の市場として捉えることもできない。一方で、ある程度の「枠」としてイスラム市場を捉えなければ、市場としての魅力や面白味に欠けることになってしまう。

そこで、捉え方として、まず他の海外マーケットに比較的市場の属性が近い市場をゲートウェイとして捉え、そこを足掛かりにしてより「ディープ」なイスラム市場へ分け入ってゆく、というプロセスを辿るのが良いと考えられる。

イスラム世界の概要

イスラム世界の人口は、世界人口の約20%を占めており、これはキリスト教世界の約33%に次いで2番目に多い数である。地理的には、中東エリア・近東エリア・北アフリカエリア及び一部東南アジアのエリアに広がっており、これらのエリアのムスリムの人口の合計は、全体で13億人である。

国家としては、イスラム教国或いはイスラム諸国と呼ばれることが多く、これらの国は概ねイスラム諸国会議機構(OIC)に加わっている。加盟国はムスリム(イスラム教徒)が国民の多数を占める西アジア、北アフリカ、西アフリカ、東アフリカ、中央アジア、南アジア、東南アジアなどの57カ国、オブザーバーが5カ国・8組織(国連など)からなる。

OICには、イスラム教徒が多数派を占める国はほとんど参加しているが、国内でムスリムが大多数を占めることは必ずしも条件となっている訳ではなく、南アメリカ、ガボン、ウガンダ、スリナム、ガイアナなどイスラム教徒比率の低い国もOICに加盟している。また、イスラム教徒比率の高いエチオピア(30~50%)とタンザニア(約30%)は加盟しておらず、絶対数としてイスラム教徒人口の多いインド(約1億5000万人)や中国(約2000万人)も加盟していない。

複雑で多様性に富むイスラム世界

イスラム世界は、非常に長い歴史と多様性を持ち、イスラム教国だからといって、一括りにして理解することはできない。

610年にムハンマドが創始したイスラム教は、一神教であることと明快な教えでアラブ人に受け入れられやすく、創始から30年足らずでペルシアからパレスティナの地域に一気に広がった。その後の750年までには、ムハンマドの後継者とされるカリフが統治するイスラム帝国により東はインダス川流域、西は北アフリカを経てイベリア半島まで勢力を伸ばした。広大な版図をもつイスラム帝国では、陸と海の交易路を支配し、その中をイスラム商人が行き来しつつ、その過程でアフリカ内陸や中央アジア、さらにはインド洋を超え東南アジアにまでイスラム教が広まって、今日まで至っている。

イスラム世界、と一括りで言われることが多いが、イスラム世界は、大きく旧オスマン世界・旧ペルシア世界・中近東世界の3つの小世界で構成されている。

3つの小世界のうちの1つ目の小世界は旧オスマン世界で、現在のトルコを中心とするエリアである。オットマンの小世界とも呼ばれる。この世界は、西欧に隣接し、絶えずキリスト教世界と接触をしてきた歴史を持ち、東ヨーロッパから北アフリカ・西アジアに広がる巨大な帝国が支配していたエリアである。西欧にとっては、旧オスマン帝国は過去に重大な脅威であり続け、今日でも西欧諸国の人々にとっては旧オスマン帝国に対する恐怖心が根底に流れていると言われている。

2つ目の小世界は、旧ペルシア世界で、古くはアケメネス朝からはじまり、ササン朝に続くペルシア帝国の版図を中心とする世界であり、現在のイランに当たるエリアである。ササン朝の後にイスラムに占領され、当地はイスラム化してゆくことになるが、後から来たイスラム教徒は当地のすぐれた技術と学問を吸収し、イスラム文明を花開かせてゆくことになる。

3つ目は中近東世界である。この中近東世界は、現在の日本にとっては、産油国と消費国の関係で深い結びつきがあるが、一部の国を除いて政治的に安定していない国もあることもあり、それ以外の国々との結びつきが必ずしも強い訳ではなく、また相互の理解も進んでいるとは言えない状況にある。

これらの地域は、イスラム教が普及する以前から、それぞれ独自の歴史、文化、習慣を持っていた。また、それぞれの小世界毎に、西欧や中央アジア、インドなどとの接点や歴史があり、イスラム世界の中でも、それぞれの世界観を作り上げてきた。現在でも、イスラム世界は、それぞれが異なる文化や考え方を持っており、一様に捉えることはできない。

日本企業のイスラム市場戦略

日本にとって、イスラム市場へのゲートウェイとなるのは、先に述べたイスラム世界を構成する3つの小世界のうちの1つ目であるオットマンの小世界である。オットマン世界は、現在ではトルコ共和国を中心に構成されている。

現在のトルコ共和国は、イスラム世界で初の世俗主義国家であり、また、1924年の建国以来、西洋化による近代化に熱心に取り組んでいる。NATO及びOECDにも加盟しており、更にはEUへの加盟を表明するなど、西欧の価値観を拒絶することなく国を開いており、他のイスラム教国と西欧諸国との橋渡し役的な存在を自ら担ってきたとも言える。

また、トルコは言わずと知れた明治以来の親日国であり、ボスポラス海峡を跨ぐファーティフ・スルタン・メフメト橋やボスポラス海峡海底地下鉄などの日本のODAによって作られた象徴的なインフラ施設も多い。

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