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生き残るために「攻めの仕事」を意識する

一流の職人に学ぶ「仕事の流儀」第4回 和菓子職人 水上力

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(写真=The 21 online/和菓子職人 水上力)

職人の仕事を通じ、仕事で大切なことを学ぶ本連載。第4回目は、東京・小石川で老舗和菓子屋「一幸庵」を営む、日本屈指の和菓子職人水上力氏にお話をうかがった。

修行時代に多くの「杭を打て」

今、ユネスコの無形文化遺産に登録された和食に世界中から注目が集まっている。とくに、四季折々を豊かに表現する和菓子への関心は高く、それを目的として来日する外国人も少なくない。

そんな中、国内外からの高い評価を受けているのが、東京・小石川にある和菓子屋「一幸庵」だ。その店主である水上力氏は、評価とは裏腹にとても謙虚だ。
「開店して40数年、飯が食えるようになったのも、お客さんに育ててもらったからです」

水上氏は、江戸菓子職人の4男として育った。しかし、大学を卒業するまでは公認会計士を目指していたのだという。父親が職人になるのを反対していたからだ。それでも、「職人のほうが自分の性に合っている」と大学を卒業後に和菓子職人の道へと進んだ。

「父のツテを辿って、修行先を探してもらいました。親もとで修業するよりも、他人の飯を食って違う文化を学ぶことが大切だと思ったからです。京都と名古屋でそれぞれ2年、最後に京都に戻って1年、通年で5年間修業しました」

当時を振り返り、修行時代は貴重な時間だった水上氏は語る。

「修行時代に多くの杭をしっかり打ったからこそ、つまり基礎をしっかりと打ち立てたからこそ、今があります。プレハブ小屋が建つか、高層ビルが建つかは、基礎力によって決まるのです」

修行時代、水上氏は師匠からいつもこんなことを言われていたという。

「お前は、早く入門した弟子たちと比べ、どうしても技術的に劣ってしまう。出遅れたぶんの差は知恵を使って埋めなさい」

今でこそ水上氏は淡々と話すが、当時は苦しかったという。
「『大学を出ているのだからできて当たり前』と、褒められることなどめったにありませんでした。しかし、その厳しさは愛情の裏返しでもあったと思います。

職人は、自分の腕一本で飯を食っていかなければなりません。職人は全員ライバルですから、困っても誰も助けてくれないのです。だからこそ、厳しい修行に耐える必要があるのです」

生き残るために伝統を「発信」する

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(写真=The 21 online)

 

水上氏の手。ゴツゴツした手は、職人の勲章であり、遺影にしてほしいとのこと。

その後、水上氏は29歳で独立。東京の小石川に「一幸庵」を構える。しかし、開店後の10年は客足が伸びない苦しい時代が続いた。

「知名度も低く、お客さんが来ない日が続きました。それでも、ただ愚直に和菓子を作り続け、徐々に通い続けてくれるお客さんが増えてきたのです。今では、遠方から通い詰めてくれるお客さんもいます。今、飯が食えるようになったのもひとえに、そうしたお客さんに店を育ててもらったおかげです」

しかし、水上氏は和菓子一本で生計を立てられる職人が減ってきたとため息をつく。

「洋菓子が日常のものとして浸透し、和菓子が非日常のものになってしまったからです。おはぎを作る家庭は、今では珍しいでしょう。戦後70年、私たちの食卓の中心は洋食です。

ただ、生活様式の変化に対応できなかった和菓子職人たちにも責任はあります。畳やお茶があれば和菓子は安泰、とばかりに『伝統さえ守っていれば良い』と胡坐をかいていたのです。そうしているうちに、マンションが増え和室は減り、お茶も急須の抹茶ではなく、ペットボトルのお茶が主流になってしまったのです」

その中で、和菓子が生き残るにはどうすべきだと考えているのだろうか。

「和菓子を再び身近な存在に引き戻していくことです。そのためには、『和菓子の良さと伝統』を発信していくことが大切です。

たとえば、秋の十五夜には『月見団子』、十三夜に『栗おこわ』、十夜に『稲のおこわ』を楽しむよう呼びかける。もともと、日本には72もの季節があり、それに合わせて和菓子を楽しむ文化があるのです」

和菓子の領分を守る職人のプライド

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(写真=The 21 online)

 

写真は、左上が椿、左下がふきのとう、右上が紅葉、右下が桜をそれぞれ表現している。

あくまで純粋な和菓子作りにこだわり、伝統を発信していく。こうした挑戦を水上氏は「攻めの伝統」と呼んでいる。最近では、和菓子に西洋の味を取り入れて生き残りの道を模索する職人も多いが、水上氏はその流れをどう考えているのだろうか。

「私は、和菓子にはそれ相応の領分があると思います。和菓子職人が、洋菓子と共存を図ろうとしても、伝統として根付かないような気がするからです。それどころか、強大な洋菓子の前に正当な和菓子が飲みこまれ、消えてなくなってしまう危険性もあります。

それよりも、『人々の生活に浸食した洋菓子に、自分の餡子はどれほど通用するのか?』といった、西洋菓子の浸食に対抗するレジスタンス的な姿勢を大切にしていきたいのです」

我々ビジネスマンの仕事も、新しい技術や領域に脅かされることは多い。しかし、それに迎合するのではなく、自分仕事の領域は守りつつ、攻める仕事を意識していきたい。

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(写真=The 21 online)

 

水上力(みずかみ・ちから)和菓子職人
1948年、東京生まれ。江戸菓子屋の4男として育つ。京都、名古屋で和菓子職人としての修業を積み、77年、東京・小石川に「一幸庵」をかまえる。国内外での講演などを通じ、和菓子を世界へと発信し続けている。(写真撮影:まるやゆういち)(『The 21 online』2017年4月号より)

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