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五感を使った仕事を意識する 錺簪職人 三浦孝之

一流の職人に学ぶ「仕事の流儀」第6回

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(写真=The 21 online/錺簪職人 三浦孝之)

 

職人の仕事を通じ、仕事で大切なことを学ぶ本連載。第6回目は、錺簪(かざりかんざし)作りを専門的に行なう数少ない職人のひとり・三浦孝之氏に、仕事に対する心構えをうかがった。

祖父の死をきっかけに職人を志す

古くは縄文時代から見られ、江戸時代に広まったとされる簪。錺簪作りを専門的に行なう数少ない職人として有名な、かざり工芸三浦・四代目の孝之氏は、その伝統と技術を受け継ぎ、弟子も育てている。ただ、手間がかかる割に需要は少ないのだと孝之氏は語る。それでもなお、錺簪職人を志した理由は何だったのだろうか。

「子供の頃は家業を継ぐつもりはありませんでした。祖父と父が肩を並べて作業していたのを見て『こんな細かい作業はとても自分にはできないな』と思っていたからです。

ただ、職人の血筋からか、絵を描いたり物を作るのは好きでした。高校卒業後はデザインの専門学校へ通いまして、その後、広告代理店で印刷物の版下製作に従事しながら、デザイナーを目指していました」

しかし、孝之氏は祖父の死をきっかけに錺簪職人を志すようになった。

「広告代理店に5年程勤めていたところで、祖父が亡くなったのですが、これがきっかけで家業に対する意識が変わりました。

デザイナーには代わりがたくさんいますが、家業には代わりがおりません。父が職人を辞めてしまえば、技術の継承は途絶えてしまいます。初めて、自分の家の仕事は貴重なのではないかと思い始めました」

いつも生活の一部として捉えていた作業風景が、仕事の一場面に変わった瞬間だと孝之氏は語る。

「そこで、父に弟子入りを志願したのですが、反対されました。自分と同じ仕事をやっているだけでは、とても食っていけないと感じたからでしょう。それでも、古くから続く仕事が消えるのは惜しいという気持ちが勝り、職人の道へ入り、父に師事しました」

孝之氏の仕事道具。右上に写っている糸ノコを使って切り取った板を、丸タガネで叩いて立体にしていく。(写真=The 21 online)

 

「もうこいつを育てるしかない」

孝之氏は修業開始からあるビジョンを持って仕事をしていたという。

「父は、一般のお客様をメインに作品を作っていたのですが、私は、昔ながらの簪を復刻するような古典的な作品を作りたかったので、歌舞伎や日本舞踊といった舞台の小道具をメインに製作しようと考えていました。なので、日本髪を結う床山さんを中心に営業に回り、お得意さんを作っていきました」

とはいえ、修業開始直後の製作は、基礎的な作業もままならなかったという。

「小さな頃から父たちの仕事を見ていましたが、なかなかうまくいきませんでした。

たとえば、下絵に沿って糸ノコで板を切っていく切り回しと呼ばれる基礎的な作業も覚束ない。私は簪の飾りのモチーフに動植物を用いるのですが、葉の形はいつも歪でした」

それでも、お得意さんは仕事を与え続けてくれたのだという。

「もちろん、何度も怒られましたけどね。ただ、錺簪職人がいないから、『もうこいつを育てるしかない』という感じで仕事をいただいていました(笑)。ちょうど、舞台関係の簪職人の出入りが途絶えていた時期だったのです」

今になって、孝之氏は当時の作品を再び手に取る機会があるのだという。

「うちでは、簪の修理も承っているのですが、二十年前の自分の作品が戻ってくることがあります。今見るととても恥ずかしいですよ。こんな作品でも買っていただいていたのかと思います。でも、同時にお得意さんに育ててもらった感謝の気持ちでいっぱいです」

古来より、生命力豊かな自然の草花には、悪いものから身を守る力があると信じられてきた。そのため、飾り簪は、動植物をモチーフとすることが多い。写真奥はアメンボ、手前は桜の花。(写真=The 21 online)

 

仕上がりから各工程を逆算する

修業開始から、25年。今年で50歳の孝之氏は職人として円熟期を迎える。しかし、今だからこそ感じる仕事の難しさがあるという。

「一番難しいのは、平面の段階から作品がどう仕上がるのかイメージしなくてはならないことです。

私は江戸時代などに使われていた簪を預かって復刻する仕事もしているのですが、平面図を起こし、いざ切り抜いて立体にしてみると、予想よりも一回り小さかったりするのです。すると、作品の全体的なバランスが悪くなります。昔の簪はデザインが洗練されているので、飾りが少し大きくても小さくても無骨になってしまいます。

作品全体を俯瞰して、各工程を正確に逆算するのはある程度経験を積んだ今でも難しい。

修業から10年も経てば、簪らしきものは作れるようになりますが、作品の良し悪しがわかるようになった今のほうが、最終的なバランスの難しさを感じています」

ただ一方で、ちょっとした誤差が作品の味わいを生むこともあるという。

「今では、機械による量産が主流になっています。3Dプリンターを使って製作すれば設計通りのものができあがるでしょう。しかし、私が手作りにこだわり続けている理由は、ちょっとした歪みやブレが作品の温かみを生むことがあるからです」

簪の先端は耳掻きと呼ばれるが、毎日洗髪ができなかった時代に、髪型を崩さずに頭皮を掻いたり、髪を整えるために使われていたのだとか。(写真=The 21 online)

 

五感を使った仕事を意識しよう

わずかなバランスが、作品の良し悪しを決定する厳しい世界。微妙な差を感じ取るために心がけていることはあるのだろうか。

「動植物をモチーフとしているから、ということもありますが、できるだけ自然に触れるようにしています。その中で、昆虫や植物などをよく観察していると、わずかな変化に気がつくのです」

私たちは、デジタルに囲まれた生活に慣れ過ぎてしまって、何かを察知する感覚や感性が鈍っているのだと、孝之氏は指摘する。

「画面を通して花を見ても、匂いや柔らかさはわかりませんから、作品に質感が生まれません。本物に触れないと、こうした差はわからないでしょう」

日々アンテナを立てて、五感を働かせてみる。これは、私たち一般的な仕事をするものにも、役立つのではないだろうか。小さな変化を見過ごさないために、五感を働かせた仕事を心掛けていきたい。

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(写真=The 21 online/錺簪職人 三浦孝之)

 

自分で納得した作品でお客様に喜んでもらいたいと語る孝之氏。凝りすぎる余り、予算以上の時間や手間をかけてしまわないよう気をつけていると言う。「仕事の手をどこで止めるか」も仕事の大事なポイントだという

三浦孝之(みうら・たかし)錺簪(かざりかんざし) 職人
1967年、東京生まれ。デザイン専門学校を卒業後、広告代理店で、デザイナーを志す。25歳のとき、祖父の死をきっかけに家業である錺簪の仕事を継ぐことを決意。歌舞伎や日本舞踊といった舞台用の簪の製作を中心に活動している。(写真撮影:永井浩)(『The 21 online』2017年6月号より)

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