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人気漫画家が語る「業界の常識は幻想」だった!? 三田紀房(漫画家)

マンガの世界で「残業ゼロ」を実現した異端児の時短術

(写真=The 21 online)

 

「徹夜してナンボ、基本的に不健康」が当たり前の漫画界において、徹夜ゼロ、そのうえ18時半に仕事を終える制作現場がある。600万部超えの大ヒット『ドラゴン桜』作者、三田紀房氏の工房だ。しかも、締切に遅れたことは一度もないという。高いプロ意識から生まれる徹底したムダとり・時短についてうかがった。(取材・構成=林加愛、写真撮影=まるやゆういち)

「徹夜が美徳」の職場に未来はない!

600万部を突破した『ドラゴン桜』をはじめ、数多くのヒット作を世に放つ漫画家・三田紀房氏の制作現場は、毎朝9時半始業、6時半終業がルール。多忙・徹夜・不健康といった漫画制作現場の一般的イメージとかけ離れた職場環境が整備され、締切に遅れたことは一度もない。しかし、かつては自身の現場も「一般的なイメージ」そのものだった、と三田氏は語る。

「当時、アシスタントが長続きしないことが悩みでした。徹夜続きで体力を使い果たし、辞めてしまう。その都度、新しい人を入れ、イチからスキルを教えても、熟練した頃にまた辞める。それに、私自身も年齢を重ねるにつれ徹夜仕事はきつくなってくる。これでは非効率だし先がないと危機感を抱きました」

徹夜作業が慣例化し、それをある種の「美徳」のように見なしている漫画界特有の文化にも違和感を抱いていたという。

「漫画界には、限界まで身体に鞭打ってこそ素晴らしい創作活動ができるという美学、もとい『幻想』があります(笑)。最初は私もその価値観に慣れていましたが、デビューから10年が経ち、自作が売れ、自信がついてきた頃から、『別の方法でもいい作品は作れるはず』と考えるようになったのです」

そこで、「徹夜ゼロ、残業ゼロ」の勤務体制をスタッフに提案、実施。思い切った新システムは意外にも、すぐ定着したという。

「一番の変化は、私語がピタリとやんだこと。6時半に終業するには、仕事に没頭するしかありません。徹夜・残業なしと決めたことで、スタッフらの『目的』に変化が起きたのです。

 以前の彼らの目的は、『楽しい職場作り』でした。おしゃべりをしながらともに疲労感や睡魔と戦う連帯感はたしかにあったでしょう。それが一転、『短時間で質の高い仕事をする』ことに意識が向いた。『ながら仕事』がなくなり、結果的にはスピードのみならず質も向上したと思います。職場の雰囲気も、冷たくなるどころか『一致団結していいものを作ろう』という、気持ちのいい緊張感が生まれました」

練習はいらない、とにかくやってみる

次第に、スタッフの側からも効率化の改善策が出るように。ひとつの時短やムダとり施策が、新たな施策を呼んだ。

「たとえば昼休みの廃止。それまではみんなで決まった時間に昼食をとっていたのですが、各自が好きな時間に休むほうがいいとの意見を採用しました。また、3年前に漫画の背景部分を手描きからデジタルに切り替えたのもスタッフの発案でした」

2013年に連載開始し、今年6月に最終回を迎えた『インベスターZ』では、人物以外の背景すべてをデジタル制作会社に外注するという、前例のない手法を実践。

「最初は所要時間も読めず、不安もありました。しかし2カ月もすると軌道に乗り、飛躍的な時短に成功しました」

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(写真=The 21 online)

 

このように、未知のことを始める際は「いきなり実践する」のが三田氏流の時短術である。それは、自身が漫画の世界に身を投じた経緯にも当てはまる。

「私は30歳のとき、経験ゼロの状態から漫画家になりました。大学卒業後に会社員となり、父の病にともない実家の洋品店を手伝うも運営に限界を感じ、収入を得る手段として『漫画なら描けそう』と思ったのがきっかけです。見様見真似で描き、投稿し、デビューに至りました」

きわめて大胆な選択に思えるが、三田氏からすると「実践しない」ことのほうが不思議に映るという。

「漫画を描くなら絵の練習をしてから、などと思うより、まず作って投げかけたほうがはるかに早い。ビジネスも同じでしょう。新商品にせよ個人的挑戦にせよ、準備や調査に時間をかけたところで、実際の手ごたえにはかないません。『失敗するかも』と考えている時間こそムダであると、私は思います」

なお、この考えは日々の制作現場にも反映されている。

「新人アシスタントにも初日から練習なしでペンを入れさせます。そのうえで改善点を先輩が指摘、その都度修正。これにより早い成長が促され、すぐに戦力として活躍してくれます」

制作もブランディングも「デジタル化」すべし

作品の起点にして最重要作業となるのが「ストーリー作り」。なんと三田氏はこれも「時短」の対象にしているという。

「制作の速度と精度を上げるには、最初の方向づけが要となります。私の最大の役割は、毎週の仕事始めまでにプロットを考え、完璧なネーム(絵コンテ)を用意すること。これがないとスタッフは何もできないわけですが、この『アイデア創出』の過程にも、私は時間をかけません。なぜなら、頭の中にストーリーの『型』が用意されていて、それを発展させるだけだから、迷うことがないのです」

型は得てして「ベタ展開」「安易」とのそしりを受けがちだが、それこそが目指すところだ、と三田氏は語る。

「洋品店を営んだ経験上わかるのですが、結局のところ一番売れるのは『白いポロシャツ』、つまりは定番品なのです。私はその『白いポロシャツ』を作りたい。斬新さなど狙わず、一定の質を備えたものをコンスタントに提供したいと考えています」

では、三田作品におけるシンプルにして最強の定番とは何か。それは「世の常識の逆を行く」というコンセプトだ。

「たとえば『ドラゴン桜』は、『良い大学に入ることより、何を学ぶかが大事』という世の価値観に逆らい、『東大に入りさえすればいい』と主張したことが支持されました。漫画以外の著作で言えば、『個性を捨てろ! 型にはまれ!』という拙著も、まさにこの手法ですね。

自分の成功パターンを公式化し、その公式で生産していく。私はこれを『デジタル化』と呼んでいます。作品内容も、制作フローも、私自身のスタイルも、できる限りデジタル化します。 私は生涯、生産者でありたいと思っています。そのためには常に高い生産性を保ち続けなくてはなりませんから、作品のコンセプトも私自身のキャラクターも、『普通はやらないことをやる/言う』という公式を決めて、次々に新しいものを作るのです。

このデジタル化は、時短を実現させるだけでなく、作り手としての私の方針を定めるものでもあるのです」

打ち合わせの議題は2点だけ!マンガの本質は「削る」こと

すべての工程で時短セオリーを整える三田氏は、編集者との打ち合わせにも時間をかけない。「所要時間は毎回30分程度、議題は『次回の内容』と『山場の部分』の2点だけ。いたってシンプルな話し合いです。

それ以上、長く話しても、同じ内容の繰り返しになることが多いですね。なお悪いのは、『蛇足』を招きやすいこと。マンガ制作において重要なのは『削る』作業。面白いところだけを強調し、余計なものは入れません。ダラダラ話すと余計なアイデアが出てきて『あれも入れたい、これも入れたい』となりがち。早々に切り上げるのが得策です」

三田紀房(みた・のりふさ)漫画家
1958年、岩手県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、西武百貨店に入社。その後、実家の衣料品店の経営に携わるが、不振にともない転身を決意、30歳で漫画家デビュー。2003年には『ドラゴン桜』が大ヒット、後に映画化もされた。その後も数々のヒット作を放ち、現在も漫画連載を継続しながらビジネス書執筆など多方面で活躍中。最新刊『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術─三田紀房流マンガ論─』(電子版のみ、コルク)が好評発売中。(『The 21 online』2017年8月号より)

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