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ラクスル代表が語る「競争しなくても勝てる方法」【前編】

【連載 経営トップの挑戦】第23回 松本恭攝 ラクスル[株]代表取締役

松本恭攝,ラクスル,勝てる方法
(写真=The 21 online)

 

印刷業界の風雲児、学生時代の大胆エピソード

印刷価格の比較サイトから始め、縮小傾向の印刷業界にあって唯一需要が伸びていながら各社が課題としていた“ネット経由の注文”を請け負えるポータルサイトを開設、無料で開放し、全国の印刷会社をネットワーク化。さらに印刷業界の稼働率の低さに着目し、空き時間を利用することで従来の印刷価格をはるかに下回る値段で印刷サービスを提供する。印刷という古い業界にITでメスを入れ、鮮やかなビジネスモデルを実現した松本恭攝氏率いるラクスル。松本氏は2016年、フォーブスジャパン誌「日本の起業家ランキング2016 ベスト10」で第2位に選ばれるなど、破竹の勢いで成長を続けてきた。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」という社のビジョンどおり、その事業は印刷に留まらず、物流まで広がり続けている。「印刷業界の革命児」から「既存の産業の改革者」になりつつある松本氏に、学生時代のキャラクターから今後の展望についてまで、お話をうかがった。

競争して勝つよりも戦わずに勝てる方法を探す

――大手2社が独占し、その他、中小3万社がひしめきあう印刷業界。そこへ切り込んで、「ジョブズの申し子」と呼ばれるにいたった松本さんですが、もともと勝負師的なご性格なのですか?

松本 負けん気が強いかと言うと、まったくそんなことはありません。よく、経営者は“勝ち”にこだわると言いますが、私はそういったタイプではないですね。自分のアイデアや目的を遂行するためには情熱的にもなりますし、こだわりますが、基本スタンスとして「1番になるのは、1番になる必要があるところだけでいい」と考えています。

また、誤解を恐れずに言うと、遮二無二苦労すること自体に価値や美徳を感じることもありません。ブルーオーシャンという言葉があるとおり、私は「競争しなくても勝てる」ところを攻めるのが大事だと考えています。

――ではなぜ、一見レッドオーシャンにしか見えない印刷業界に飛び込まれたのでしょうか?

松本 一か八かで飛び込んだわけではないのです。たしかに、印刷業界は本来、非常に競争が激しい業界ですが、「×IT(ITを掛け合わせる)」をした瞬間、競合が誰もいなくなる業界でもありました。あとでお話ししますが、印刷業界はまさに、産業構造が限界を迎えた業界、変革せずには立ち行かない業界だったのです。だから私としては、「ここなら戦わずして勝つことができる」と判断したわけです。

――とても冷静に考え、判断されていたのですね。しかし、その判断をされた当時24歳だったということには、やはり驚かされます。一体どんな学生だったのですか?

松本 あまり褒められたことではないですが、私は大学4年生のとき、授業に一度も出ずにほとんどの授業をAの成績で、単位をとりました。

――それはすごいですね。やはり、ものすごく頭がよかったのですか。

松本 違います。実は大学4年生のとき、海外に行きたいと思ったのです。社会に出る前に、いろいろな国を訪れ、生活をしてみたかった。そこでまず、3年生の終わりにシラバスを徹底的に読み込み、全部の授業を調べました。チェックポイントは、「試験に資料を持ち込めること」「単位取得の条件に出席が含まれないこと」そして「過去問が入手できること」。この3つの条件を満たす授業だけをとりました。自分の興味は完全に排除して、授業を選択したのです。
その結果、最初の半年はバンクーバー留学、あとの半年はバックパックでシリコンバレーなどに行き、1年のうちテスト期間だけ帰国するという生活でも、問題なく試験をパスすることができました。ゼミの卒論も数日で書いて提出し、無事通過。これだけ聞くと「大学生の過ごし方としていかがなものか」と思われるかもしれませんが……。

――授業やキャンパスライフの充実以上に優先順位の高い目的があった、ということですね。

松本 そうです。当時の私にとっては、海外に行く、海外に住んでみるという目的が優先順位の一番上にありました。同時に、もちろん大学は留年せずに卒業したい。そうなると、私のとった行動は、目的達成にフォーカスした戦略だったと言えると思います。

さらにもうひとつ、目的を達成できた以外にも、面白いことがありました。なんと、普通に日本で生活していた大学1~3年の期間よりも、1年中海外にいた4年生のときのほうが、成績がずっとよかったのです。

つまりこの場合、大学の成績は、授業の選択をしたタイミングで勝敗が決していたわけです。もちろん、学生が自分の興味のある授業をとったり、知見を広げるためにさまざまな授業を選択することは、本人の目的に適っている限り尊いことです。しかし、仮に「良い成績をとる」という目標があるのなら、自分の好きな科目だけとるのはベストの戦略とは言えなくなります。身もふたもない言い方をすれば、良い成績をとることが目的なら、「好きだけれど難易度の高い授業をばんばんとって、死に物狂いで勉強する」ことは最善の方法ではない。見方を変えれば、死に物狂いで勉強しなくとも、授業選択のタイミングで勝ちを決められる、ということになるわけです。

――ただ要領がいいということではなく、立てた目標を実現するべく真剣に取り組んだ結果、出席ゼロで卒業ということになったわけですね。そのようなご経験は、起業後も影響しているのでしょうか。

松本 大学4年時の授業選択でも痛感した「戦う場所」の重要性は、今も強く意識しています。印刷業界にしろ物流業界にしろ、新しい業界に参入する際には必ず「どこで戦うか」を考えます。競争環境の少ないポイントを見つけられなければ、その業界には参入しません。

たとえばカメラを例にとれば、「重さが数グラム異なるカメラAとカメラB」とか「デザインが異なるカメラAとカメラB」で戦っている限り、“確実に選ばれる”のは、とても難しいと思います。しかしそこへ、「この製品は、電話もできてネットにも繋がって、しかも美しい写真が撮れますよ」といってiPhoneが出てきたら、どうでしょうか。カメラAとカメラBで悩んでいた人たちだけでなく、カメラを買おうとすら思っていなかった人たちまで飛びつくのは自明でしょう。

このように、既存の土俵上で細かい差で勝負するのではなく、「土俵をずらして」戦うことが大事だと思います。正確に言えば、「土俵をずらせば、戦わずに勝てる」のです。

ちなみに私は、トライアスロンなどもやってみましたが、辛くてやめました(笑) 情熱があることと競争することは違います。努力や苦労はやるべきところでやるものであり、不要な競争はしない、というのが、個人的にも経営者としても、私の基本スタンスだと言えます。

松本恭攝,ラクスル,勝てる方法
(写真=The 21 online)

 

非効率こそチャンス。発想の転換が勝機を招く

――大学を卒業されたあと、なぜコンサル業界に進まれたのですか?

松本 ちょうど私の就職年くらいからインターンシップ制度が始まって、いくつかの企業のインターンに参加しました。その中で、コンサルが最も面白かったからです。そして、できるだけ海外にいたかった私としては、外資系は内定が出るのが早いのも魅力的でした。

ちなみに当時、英語はめちゃくちゃ苦手で、TOEICの成績は340点(笑)。海外に行きたかったのは、英語を話せるようになりたかったというのも理由です。私は「見たことのない景色を見るのが好き」で、初めて行く土地を歩くことなど、とてもわくわくします。大学4年時は、1年間でバンクーバー、サンフランシスコ、シリコンバレー、他にもいろいろな地を訪れ、大いに刺激を受けました。コンサルタントという仕事を選んだのも、いろんな業界のいろんな世界に入って行き、知らない世界を見られる点に好奇心を刺激されたというのが大きな理由です。

――1年半の在籍期間中、印刷業界に注目されたときのことを教えてください。

松本 コンサルに勤めていたとき、M&Aの企業価値算定や市場リサーチ、そして主にコスト削減を担当していました。その間に印刷業界を知ったのです。当時、印刷業界は市場規模約6兆円で日本のGDPの1.2%ほどを占めていましたが、そのうち半分は大手2社が占めていて、もう半分のシェアを3万社の中小が奪い合っているという状況でした。さらに、市場規模に対して会社の数が多く、機械の稼働率がおよそ40%と非常に低かった。この状況を見て「これは改善の余地が大きい」と感じました。非稼働部分を活用できるようにするだけでも、大きな変化を起こせると考えたのです。

他にも、物流システム、開発、広告などのコスト削減プロジェクトに携わりましたが、やはり印刷が最も非効率が多いと思いました。

――非効率が多く、改善の余地が大いにあるのがわかったとしても、それですぐに会社を辞められるというのはすごいなと思うのですが。

松本 実は最初は、私が着目したような印刷業界の課題解決を掲げている会社がないか探したのです。でも、なかったので自分で創った、というのが実際のところです。正直、会社を辞めたときも成功できる絵までは全然描けていませんでした。

ただ、コンサルはロジックを積み上げていく仕事ですが、私はクリエイティブのほうが好きで、今ここにないものをゼロから作り出すことに面白さを感じるのに、このままコンサルにいたら私の想像力・創造力が死んでしまいそうだと感じていたのも事実です。それもあって、出ようと決めました。

当時24歳でしたから、起業して失敗しても、キズというよりむしろハクになるだろうという腹積もりもありました。だから、起業して3年やってダメなら諦めようと思っていたのです。27歳ならまだ引き返せますから、やるなら今が一番いいだろうと判断しました。

【後編】へつづく

松本恭攝(まつもと・やすかね)ラクスル[株]代表取締役
1984年、富山県生まれ。2008年、慶應義塾大学商学部卒業、A.T.カーニー入社。コスト削減プロジェクトを担当したのち、09年、「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」を企業理念にラクスル[株]を設立。印刷価格の比較サイトを経て、CMでもおなじみの印刷ECサイト「ラクスル」を立ち上げた。15年には物流業界を変革すべく、各運送会社の非稼働時間で配送するネット運送・配送サービス「ハコベル」をスタート。現在も既存の産業構造を改善するべく、幅広い視野で「仕組み変革」に邁進している。(『The 21 online』2017年08月30日公開)

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